古いお墓の修理を仕事としていると、
小さな骨壷をよく目にする。

ちょっと古いお墓の納骨堂には
必ずと言っていいくらいそんな骨壷が入っている。
それも1つではなく、3~6つくらい。

失礼して中をのぞいてみると
ほんの少しだけお骨の様なものが入っていたり
それすらないものもある。
小石が入っていたりもする。

愛する我が子と別れることになり、
その存在を忘れないために
お骨がなくても骨壷だけでも残したのかな。

何も入っていない骨壷が不憫で、
確かにその子がいた証として
小さな小石を入れたのだろうか。

大切なものが増えると幸せも増えていく。
しかし同時に、いつか必ず訪れる「別れ」という哀しみの数も増えるのだ。

だからと言って悲観ばかりもしていられない。
今この時をかみしめる以上に、大切なものがあるとは思えない。

いまだ来ぬ別れを悲観して
目の前の宝から目をそらすのは愚かだ。

 

シャボン玉飛んだ
屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで
こわれて消えた

シャボン玉消えた
飛ばずに消えた
産まれてすぐに
こわれて消えた

風、風、吹くな
シャボン玉飛ばそ

 

有名なこの歌は
夭折したわが子への鎮魂歌だと言われている。

親になった私には
切なくも大切なことに気付かせてくれる歌である。

 

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