「おはよう」が今の私の終活

  • 2018年2月24日
  • 2019年7月23日
  • お墓, 日常
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先日、2月21日
俳優でタレントの大杉漣さんが亡くなりました。
享年66歳。
急性心不全による急死と報じられていました。

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私はあまりテレビを見ないので
「よく見る俳優さんだなぁ」と認識しているくらいでした。

朝の報道番組で大杉さんの息子さんが
「とくに大きな持病もなく、本当に突然だった」
とインタビューに応えていました。

 

今までを振り返ってみると、親しい人とのお別れはいつも突然でした。

幼かった従弟も
80過ぎても仕事をしていた元気なじいちゃんも
いつもはやさしいくせい怒ると誰よりも怖いばあちゃんも
毎日遊んでいた友達も
あんなに元気だった父も

すべてのお別れは突然でした。
突然だから準備もできませんでした。
仮に準備をしていてもショックは変わらないと思いますが。

今日あたたかった君の手が
明日は冷たくなってしまう。
そんなことは考えたくもありません。

でも可能性はゼロではないのです。

「おはよう」と声をかけられることが、
「おはよう」と返ってくることが、
当たり前じゃなかったと知る日がいつかきます。

大切な人との別れは想像したくありません。
なんか縁起でもないから。
考えたらそれが実現してしまいそうで。

だから自分の死に対しても、考えたくないんです。
「自分だけは死なない」なんて心のどこかで思っています。

毎日クソ忙しいのに
自分がいなくなったあとのことまで考えたくないんです。

好きにやってくれ。
もうほっといてくれと。
骨も遺さず燃やして
遺ったら海にまいてくれていい。
だけど本当は、ときどきでいいから思い出して欲しい。

ちょっと無責任な考えかな?
でもそう考えている人は多いんじゃないかな。

自分の死に向き合うことを『終活』と言います。
今の私は遺していく財産のことを考えたり、
自分のやるべきことをこれ以上増やしたくないんです。
自分の人生をタスク(課された仕事)で埋め尽くしたくありません。

 

今の私にできることは元気に「おはよう」と言うくらい。

朝が遅い子供たちに、「うざい」と思われていても起きてくるまで繰り返す。

前の晩に喧嘩していても「いってきます」「いってらっしゃい」はちゃんと言いたいな。

子供の心に
「父はあいさつだけはキチンとしてたな」と遺していきたい。

願わくばあいさつに心を込められる子に育ってほしい。

そのために「おはよう」を。

それが今の私の終活。