私はお墓を作るお墓職人ですが、飼っていたペットのお墓を作らずにお骨を家に置いていました。
ただ骨壺だとどうしても目につきにくい場所に置いておくことになります。
「それはちょっとかわいそうだな」と思い、いつでも手を合わせるとができるように手元供養用の骨壺(コッコリーノ:Coccolino)にお骨を移しました。
今回は私の小さな家族であるミニチュアダックスのモモが、わが家に来てから手元供養できるようにするまでをまとめました。
「モモってどうかな?」
20年前の10月。
紅葉がちらほら色づき始めた日の午後。
わが家にやってきた栗毛の彼女の名前を考えたのは、私でした。
「モモ」とは、そのころ私が読んだばかりのドイツ人作家、ミヒャエル・エンデの作品『モモ』の主人公の名前です。
作品中のモモは「見た目はせいぜい小学生で、生まれて一度もくしを通したことがないような真っ黒な巻き毛。裸足で歩いているせいで足は真っ黒。服もサイズが合わなかったりつぎはぎだらけなものばかり」という女の子。
ただ、人の話を聞く才能があり、モモに相談するとたちどころにアイデアが浮かんでくるため、村人の誰もが必要とする存在でした。
わが家にやってきた「モモ」は、胴長短足栗毛の長毛種。クリッとした目が印象的なミニチュアダックス。
言葉を交わすことはできませんでしたが、話かけるとつぶらな瞳でこちらをジッと見つめます。それがとってもかわいくて、ついついいろんな話をしてしまいます。
次第にモモの話題を通じて親との会話も増えました。彼女も私たち家族にとって必要な存在になっていました。
わが家にやってきたきっかけは、新聞の読者交流欄でした。
「子犬ゆずります」という記事を読み、「見てくるだけだから」と出かけた母親と妹は、しっかり子犬を抱えて帰ってきたのでした。
すでに猫を一匹飼っていたのですが、モモは非常に大人しい子だったのでケンカすることはありませんでした。
猫の方が相手にしていなかった、というのが正しい表現かもしれませんが。
ただ、大人しいと言っても先祖はもともと狩猟犬。
短い足で階段を駆け上り、遊ぶことが大好きで、ときどき家を脱走する活発な子でした。
モモが来てから数年後、私も結婚して家族が増えます。
私に長女、長男が生まれると、モモは小さなおばさんになりました。
さすがに衛生面に気を付けましたが、子供たちにとってもモモは身近な存在でした。
元気なモモも10歳を過ぎたころから動きが鈍ってきます。
ある日、尋常ではない鳴き声が聞こえたので駆け寄ると、後ろ足が麻痺して動かなくなっていました。
ヘルニアです。
このとき初めて「ヘルニアはミニチュアダックスの宿命」と知りました。
胴長の体型が、腰に負担をかけるようです。
ペットが長生きしてくるようになると、人間のようにいろんな病気を発症するようになります。
ヘルニアだけでなく、ガンや痴呆症にもかかるペットが増えていて、今では珍しくないそうです。
手術をするなら名古屋の大きな病院しかないと言われました。そして多額の費用と、長期入院が必要とのことでした。
なにより、手術をしても元に戻るかどうかはわからないと告げられました。
「遠くで手術してもよくならないかもしれないのなら、ここでできることをしながらモモが快適に過ごせる環境を作ろう」と家族で決めました。
そして犬用の車イスについて調べたり、図面を描いたりしていました。
結局、幸いにも地元での治療が功を奏し、1か月もするとまた後ろ足が動くようになり、車いすは作らなくてもよくなりました。
ただ、以前のように階段は駆け上がれなくなりました。
モモは次第に目も白く濁り、足取りもおぼつかなくなります。
目はほとんど見えないようで、あちこちぶつかることも増えてきました。
それでも名前を呼ぶと嬉しそうに足元にすり寄ってくる姿が、たまらなく愛しく感じました。
平成29年3月10日。
冷たい雨が降る日の夜、モモはみんなが仕事から返ってくるのを待って虹の橋を渡っていきました。
わが家に来て18年。人間の年齢だと88歳でした。
君はいつのまにか家族の誰よりもおばあちゃんになっていたんだね。
私の仕事はお墓を作ることです。
もちろん動物のお墓も作ったことがあります。
「モモのお墓を作ってあげて」
母にはそう言われていましたが、何でもできると思っているのがダメなのでしょうか。
また私自身の心にも何か引っかかるものがあり、なかなか行動にうつすことができずにいました。
そしてお骨は自宅の仏壇の奥にしまったまま、2回目の冬が過ぎました。
骨壺のままだとどうしても目につかないところに置いてしまいます。
「このままだとやっぱりかわいそうかな」
そう考えていた矢先、以前私が終活の講師をした時にお世話になった人から「動物の手元供養に使えるものがあるんだけど、一度見てもらえませんか」と連絡がありました。
紹介していただいたのは、陶器のワンちゃんでした。
「どこかモモに似ているかも」
それが手に取ったときの第一印象です。
ずっと眺めていたくなるその置物は、モモの様なミニチュアダックスの形ではありません。
でも、モモが好きだった陽あたる窓辺に飾ってあっても違和感がないものでした。
なんとなく彼女が側にいてくれるような気がしました。
そしてものづくりの観点から見ても、しっかりと作ってあるものだと確認することができました。
お骨もすべて収まりそうです。
先日、モモのお骨をそこに移し、しばらく陽が差す窓辺に座らせました。
「またいつか、新しい服に着替えて帰っておいで」
日差しに漂う線香の煙が、私にやさしい香りを届けてくれました。