お墓職人の私が目指す「美しい手」:左官職人とは

私がお墓を建てるとき、何人かその道のプロに手伝ってもらうことがあります。

昨年末、その中の一人の職人さんが引退されました。

その人はとても小柄な方です。
腰は曲がり、顔には深いしわが刻まれています。
ただ、頭脳は明晰。その足取りはしっかりしています。
年齢は70歳ちょっと聞いていますが、この前高さ1mくらいのところから飛び降りているのを目撃しました。

私のことを「あんちゃん」と呼び、困ったことがあるといつも相談にのってもらっていました。

その方は左官職人を50年以上続けてきました。
左官とは壁ぬり職人のことを言います。
コテという道具を使い、壁や床などを塗る職業です。
住宅の壁に土や漆喰、珪藻土を塗ったり、床面のコンクリートをきれいな平面に仕上げる。
そんな仕事のことです。

私はその方に、左官の基礎を叩き込んでもらいました。

「セメントは新鮮なものを使う」
「コテは曲線ではなく直線に動かす」
「キレイに仕上げたいなら、夜中でもコテを動かせ」

必要なら夜中でもたたき起こされ、現場に行きました。
どんな天候でもきれいに仕上げる技術を見せてもらいました。
長年経験してきた職人でなければ知らないこともたくさん含まれていました。

 

そんな方ですから、ことコンクリートに関しては安心してお任せできます。
古いお墓の中にはコンクリートでできたものもありますが、それをきれいに補修できる数少ない職人でもありました。

 

その職人さんに年末のあいさつに行ったとき、「看板を下ろすことに決めた」と切り出されました。

「この人、体中に湿布を貼って寝とるがんよ」
奥様がそう私に教えてくださいました。

永年酷使してきたせいで身体は節々が痛むそうです。
夜寝る時は肩や腰だけでなく、身体中に湿布を貼って寝ていると聞きました。
「もう十分働いてきたから、休ませてあげたいが」
奥様は申し訳なさそうに、でもハッキリとした口調でおっしゃられました。

正直、腕がよく、経験豊富で小回りが利く職人はあまりいません。
私にとってそんな職人が辞めてしまうのは困った話です。

でも私はとてもうれしく感じていました。
それどころかうらやましいとさえ思っています。

私の父のように現役のまま最期まで仕事をし続けるのもスゴイのですが、
長く求められ続け、自分で引退を決めることができるのも素晴らしいことです。

いろんな仕事の経験があることも素晴らしいことだと思います。
しかし、職人としては一つの道を歩き続けることができる人生以上の道があるでしょうか。

「私はその歳まで求められ続けるだろうか」そんなことが頭をよぎります。

 

「目の前の仕事を、ただガムシャラにやってきただけだ」
左官職人はお茶を飲みながらつぶやきました。

「あんちゃん、看板は下ろすけどまた困ったことがあったら言いに来てな。
身体が動く限り、あんたの所には行くから」
そう言いながら私の手をグッと握る。
これが70歳を超える人の力か?
そう思うほど力強い。

その手はその体に似合わない大きな手でした。
長年コテを握り、壁に押し付けてきたせいか指は曲がったままです。
決してきれいな手ではありません。
ただ、私はこの手を「美しい」と思いました。

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性格は顔に出る
生活は体型に出る
本音は仕草に出る
感情は声に出る
センスは服に出る
美意識は爪に出る
清潔感は髪に出る
落ち着きのなさは足に出る
(作者不明)
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私は
【生きざまは手に出る】
のだと知りました。